ブレイディみかこ「アナーキック・エンパシー#9」

文學界1月号のブレイディみかこさんの「アナーキック・エンパシー」を読む。おばさん問題から女の承認欲求、そしてルッキズムとシンパシーの話へ。テレビやSNSといった身近なものから語られるルッキズムと全体主義の関係は実感が伴っていて説得力があった。

共感はしなくても、納得できる文章というのがある。自分が考えていることとの違いを捉えることができて、それを面白がることのできる文章。それは実感を誠実に言葉にしているからだと読みながら思った。


話題の本ばかり着飾らせてアップしている読書垢やなんとなくエモく仕上げている写真垢に対する違和感が分かる。それは価値基準を全体に預けているからなのだろう(話題の本を読むことや本を着飾らせること、エモさそのものを否定しているわけではない)。魅力は自分の価値基準から生まれる。そしてその価値基準は思考から生まれる。そして思考は愛があるからできる。


考えそのもの。そして表現する場合は、その考えをどう伝えるか考えること。二つの思考が、表現なのだと思った。

こう書けばいい感じに見えるだろうと思って書いたものを後で読み返したときの恥ずかしさ。それは思考の至らなさを突き付けられるからなのだと思う。読み返したときに、恥ずかしい、けれども頑張ってるなあと笑えるようなものを書けたらいい。




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