山下賢二『ガケ書房の頃 そしてホホホ座へ』

山下賢二氏『ガケ書房の頃 そしてホホホ座へ』を読んでいる。京都本の一環として手にとったのだけれども、本屋の本(そのままだ)といった趣で書店業界のあれやこれやが包み隠すことなく、かといって大仰でもなく、淡々と描かれているところが面白い。特に印象的だったのが以下の一節。


誤解してはいけないのは、大型書店があって初めて個人経営の書店が成り立つということだ。彼らが経済をなんとか回してくれているから、著者も出版社も取次も印刷所も、そして小さな書店もなんとかやっていけているのだ。


大型スーパーが商店街を潰す要領で、大型書店が個人書店を潰しているという風に語られるのをしばしば見かけるけれども、実際はそうでもないらしい。書籍を取り巻く業界の特性を知る。そして町の書店を潰しているのは、適切な場所で適切なものを買うことができない、私たちの目の利かなさなのだということも。一つの視点でしか物を見ることができないということは、その目に映る物たちにとってとても残酷なことだ。最近話題にのぼったTikTokの本の紹介動画と書評の関係と似通ったところがあるとも思う。


私のようなちょっとかぶれた人間は「いつか自分の本屋やってみたいな」という憧れが定期的に訪れるわけだけれども、そういう気持ちで読んでいると「そんならやってみろや!」と胸ぐらを掴まれる瞬間が何度もある。それぐらいの生々しい苦しみが描かれている。

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