スーパー銭湯と金木犀

母と子どもと親子三代で有馬温泉へ行く。ほとんどはじめて乗る神戸電鉄は急勾配をあがったりおりたり、大きな音を鳴らしながらゆっくり進んでいく。線路の近くには新しいマンション、山際には何十年も前からきっとそこにある大きな屋根の一軒家たち。くたびれたボウリング場、国道沿いの来来亭とスシローとココス。そうなる前はコンビニだったと思われる介護用品店。散歩をするようなスピードだった。

入浴券付き切符を買ったので、鉄道会社のグループが経営している太閤の湯へ。温泉ではあるけれどもシステムはスーパー銭湯で、コインロッカーに荷物をすべて預け、作務衣のような館内着に着替えてタオルだけ持って温泉に浸かり、ご飯を食べ、ソフトクリームを舐め、リクライニングシートで横になる。私たちはそうしなかったけれども、もう一度湯に浸かったっていい。シートで漫画を読み耽ってもいい。そうしてお腹が空いたらまたふらりとフードコートへ行けばいい。やらなくてはいけないことはなにもない。スーパー銭湯は身近な異世界。日常から切り離された心地になるのは、ロッカーにスマホを預けていたからだけではないと思う。ただ日常からまるっきり切り離されるというわけでなく、日常を過ごしている自分を天から見るような感覚で、すべてを忘れるというより、煮詰まって少し違う角度から考え事をしたいときにいいなと思った。

ハチクロの特に好きなエピソードに、落ち込んだあゆを美和子さんがスーパー銭湯へ連れていくシーンがある。みんな同じ服を着て、ただお風呂に浸かってビールを飲んで、思い煩うことなど一切ない空間だ、というようなことを美和子さんは言った(と思う)。十年以上が過ぎ、そのシーンをしみじみ体感した。確かあれは金木犀が香る頃の話だった。今日は久しぶりにクーラーをつけずに日記を書いている。そんな季節も近い。

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