『彼女。 百合小説アンソロジー』

百合小説アンソロジー『彼女。』面白かった!

青崎さんご本人もツイートされていたけれども、「消費される百合」をテーマに「恋澤姉妹」と「百合である値打ちもない」が鏡写しになっていたのが面白かった。物語の結末は真逆だけれども、自身が百合に向ける視線に対して自覚的にさせられるという点で根っこは同じ。無自覚に有難がり、貶し、品定めするオタクを刺しにきてるのが面白かった。消費することは避けらない。ではどうする?という問いを受け取る。

印象的だったものをいくつか。

織守きょうや「椿と悠」

最初は、スクールカースト上位そうな女の子が突然単独行動をとれるようになるだろうか(しかも一匹狼なクラスメイトとともに行動するようになる)、テスターのリップって直接唇につけるかしら、そもそもリップのテスターってあったかな……。などと思っていたけれども、そんなのどうでもよくなるぐらい良かった。

椿と悠、ふたりが絶妙にすれ違いながら、徐々に互いの存在の大きさに気づいていく。その過程の感情の揺れが丁寧に描かれている。This is 百合。私はこういう百合が好きなのだ。あと第三者を介した百合に見せかけて感情のベクトルがストレートに向き合っているのも面白い。誰やねんリップがうんたらかんたら言うてたやつ。この小説においてそんなこと言うのは野暮なのです。

青崎有吾「恋澤姉妹」

孤児だった恋澤姉妹は、ヌードデッサンを活動目的とするサロンに引き取られモデルとして育成される。「見られる」ために育てられた姉妹。サロンメンバーはよりよい作品を仕上げるという名目のもと、姉妹に徐々にきわどいポーズをとらせるようになる。いやいやこれ「百合」と「百合オタク」やん。

己の欲を恋澤姉妹で満たすサロンメンバーたち。その後、サロンメンバーは全員恋澤姉妹に殺される。その後、恋澤姉妹の周りには様々な百合もとい恋澤オタクが現れる。金目当ての恋澤オタク。姉妹を手に入れようと人と金を使い捨てる恋澤オタク。ファンだと名乗り情報を集めオフ会を開く恋澤オタクたち。そして恋澤姉妹は自分たちを見ようとするものたちすべてを殺していく。百合の逆襲。

と、メタ小説としてかなり面白いのだけれども、主人公と除夜子、ふたりの物語もどっしりとしていて同じぐらい面白いのがすごい。愛ゆえに殺し殺されるというどこかで聞いたような話がきちんと「芹と除夜子」の話になっている。

最後、主人公は恋澤姉妹にこう呼びかける。

邪魔する奴はみんな殺せ。誰にも見せるな。(略)あんたたちの関係性は、あんたたちだけのものなんだから。P119

それに対する恋澤姉妹の台詞(ラストの一文)が最高だった。

自分は百合にとってよき観測者であるだろうかと考えたりしたけれど、どうあったとして百合からはラストのあの台詞が返ってくるだろう。百合のことを考えるときは、あの台詞をベースに置いておきたいと思う。

武田綾乃「馬鹿者の恋」

「椿と悠」で挙げたような(リップがどうとか)些末な「そんなことある?」が、キャラ・情景・感情どの点でもほぼないのが武田さんのすごいところ。収録作品の中でいちばん好きでした。短編小説のつくりとしても巧みかつすっきり綺麗で勉強になります。。コーヒーヌガーはどこにつながるんだろうと思ったら、そこに!拍手したくなるぐらい鮮やかなラストシーン。すごい。すごい。

円居挽「上手くなるまで待って」

百合というよりは創作ものとして面白く読みました。小説を書いている身としては最初から最後までグサグサ刺さる。「どうしてあんなに上手い下手にこだわってたんでしょうね。上手いのと面白いのって全然違うのに(P195)」ほんとにね……。

斜線堂有紀「百合である値打ちもない」

美しいノエ。そんなノエとゲームでタッグを組んでいる凡庸な容姿のママユ。2人は付き合うけれども、2人を値踏みするような視聴者の視線を浴びていくことで関係が変化していく。

そもそも皆が皆、顔が小さく二重なのが美人だと思っているわけではない。そんな“みんながそう思っていると思われる”価値観を2人は内面化していく。それが知らず知らずのうちに……ではなく、「周りなんて気にしない。自分たちが幸せならそれでいい。いやでも……」と葛藤しているから余計にリアル。個人にかかってくる周囲の視線の重みが生々しい。そして一見ハッピーエンドなのが怖い!

この物語を良かったねえと無邪気に受け取ることはできない。これをどう形容したものかと思っていたら、涼さんが「グロテスク」と表現されていて腑に落ちた。グロテスクで残酷な物語。

相沢沙呼「微笑の対価」

ばりおもろい。ラストまで謎を携えうねりながら突き進んでいく物語。いいからいっぺん読んでみて!と言いたくなる作品。

ぜんぶ面白い!イラストも綺麗!けれども最初に抱いた以下の印象は今でもあまり変わらないかもしれない。
百合小説だけれども百合メインか?と思う作品もあったり、ミステリ・推理(このあたりの心がないので区別がわからないんだけど)に偏っていたり、組んだ意図が見えんというか、もっと踏み込んでいうと「話題の人に百合書いて(描いて)もらいました」以上の意図が見えんというか。。組んだ人は百合好きな人ではないのかな……と思ったりした。何様だけど。。

あと百合についての百合小説みたいな物語のバリエーションが増えてきてて面白い。百合そのものについての話ってほぼ燃えるし結局泥試合みたいになるし、避け気味だったけれど、こういう形で提示されるとわりと素直に受け取れると思った。アンソロを読んで百合そのものについての話をポジティブに捉えられるようになった。百合の裾野は広がっていくだろうから、こういう類の百合も増えていくと思うと嬉しい。

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