山本善行,清水裕也『漱石全集を買った日』

古本屋店主の山本さんと、古本を買いはじめて数年のお客さん清水さんの対談。清水さんがいかにして古本にはまったかが、実際に買った本とともに紹介されていく。とにかく面白かった。


私がはじめて古本まつりへ行ったのは10年以上前、大学1回生の頃。ゴールデンウィークに開催されるみやこめっせの古書即売会だった。あまりの本の数の多さに、一体何を買えばよいのやら、と思いつつ、せっかく来たのだしといくつかの本を買った(と思う)。それから下鴨納涼古本まつり、百万遍の古本まつりも行った。その度、あまりの本の多さにくらくらした。「これだけの本がある中で自分が所有できる本なんて一握りで、なら買っても買わなくても変わらないのでは」と思うこともあった。


だから一冊も手に取ることなく帰ることもあったし、古地図古写真ばかりみていたこともあったし(それはそれで楽しい)、買ったとしても「この日この書店でこの本を買った」という明確な記憶やエピソードがあまりない。


けれども私は今日まで古本まつりに通うことをゆるりと続けている。京都を離れたらそれも無くなるかと思っていたけれども、大阪は大阪で、神戸は神戸でその土地の古本まつりへ出かけている。

それは単純に本が好きなのと、れんげに寄るミツバチのように、いろんな人が棚と棚のあいだを行っては留まりを繰り返しているあの空間が好きだからなのだと思う。


あのミツバチのような古本玄人たちはどんな基準で本を見定めているのだろうと、ずっと疑問だった。自分には一生理解することのできないマニアックな定規をお持ちなのだろうとずっと思っていた。


自らを「古本病」と称するお二人の対談を読んで見えてきたのは、たしかにマニアックな定規に普遍的な部分はあれども、基本的に自分の中に自分でこしらえていくものなのだということ。こしらえるにはSNSで知る、古本仲間や書店で聞く、という方法はあれども、基本的に「本を読むこと」だということ。


買って読みを繰り返す二人の口から数珠つなぎに出てくる本の数々。自分も今すぐ古本を買いたい!読みたい!という気分になる。しかし山本さんは言う。


「本でも読んどいたほうがいいなぁ」と思うような気持ちは大事なことやし、仕事なり、対人関係なり、自分の生き方であったり、そういうことに悩んだときに、それを解決するような知恵が本の中にある、と思ってそれを求める人たちがいてももちろんいいわけやけど、決して全員がそれをする必要はない。そのことは僕は意外と大事なことやと思ってる。古本屋というのは古本を買ってもらう商売なんやけど、関口さんも僕も、全員が本を読まなきゃいけない、とは思っていない。まあ我々は読まないと生きていけなくなってしまったわけやけども(笑)。


そういうふうに“モームを読んで面白い”ってことになると“珍しい本”とか”限定何部”とか、そういう世界は関係なくなってくる。僕はやっぱりそういうことが大切やと思う。そういう価値観があっても良いし、僕自身もその面白さはよく分かるんやけど、それでもモームみたいに”普通の文庫本で読む小説が面白い”っていう気持ちを、僕自身忘れたらあかんと思うし、忘れてないとも思ってる。そう思うのは、僕にとって”読むこと”が助けになってきたからやな。P190


本を読まない人、文学以外の本を読む人、古本にはまってない人。そういう自身と違う立場にいる人に向ける視線のフラットさが印象的だった。マニアックな内容でありながら、マニアとそうでない人、どちらかが特別だなんてことはないという姿勢が貫かれていて信頼できる。だから私は安心して、10年古本まつりに通っても進歩のない私のままで「古本読んでみよう」と思える。


清水さんの以下の言葉もまた印象的。


対談の中で僕は、本棚は自分を映す鏡のようなもので、自分の中にあるものでしか直感することができない、ということを言った。もしかしたら、今日自分が買った本は、ずっと以前から同じ棚にささっていて、今まで何度も通り過ぎていた本かもしれない。直感されることを、本は何年も何年も、待ってくれている。変な言い方かもしれないが、面白い本とか、あるいは面白くない本とか、そういうのはほんとうはなくて、その本を読んで面白いと思う人間がいて、面白くないと思う人間がいるだけなのだ、と思う。P210


「面白い本とか、あるいは面白くない本とか、そういうのはほんとうはなくて」のくだりは心に刻みたい。

古本まつりのミツバチ玄人たちも、自分でこしらえた定規で本を見定めている。自分とそう変わらない。ただその定規をつくるのに読んだ本の数や種類が違うだけ。次から、古本まつり特有の焦燥感虚無感が少し違うものになるのではという気がしている。


本の中から自分の興味を見つけて、次読む本につなげていくという行為をもっとしたい。そして全集を買いたい!はじめて受けた小説の読み方の講義が「それから」だったのでやはり夏目漱石かなと思う。しかし漱石の全集がこれまでどんなものが出版されどれが手に入りやすいかまったく分からんので、善行堂さんへ行こうと思う。

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