関口良雄『昔日の客』

関口良雄『昔日の客』。読み終えると同時に胸がいっぱいになる。この静かな喜びをなんと言おう。本を読む楽しみ、喜びそのものみたいな本だった。本は道具ではない、生活だと思わせてくれる、人生がそのままインクの染みになったような、こんな本が私は大好きだ。


大山や鳥取の街は、眠っていたスワンの娘の記憶を呼び起こしてくれた。それは人生に無用なものなのかも知れない。が無用の物の中にこそ、言い知れぬ味わいがひそんでいるものだと思う。P156


こうした関口さんの姿勢が表れているのが、紅葉に感動して自分の家も落ち葉でいっぱいにしたいとよその家を訪ねて落ち葉をもらいに行くエピソード。この時代の懐の深さ、時間の緩やかさが手に取るように伝わってくるこの話は特に好き。


尾崎一雄、野呂邦暢、三島由紀夫……。「文学」と思って相対したときには姿を見せない彼らの素朴でユーモラスな一面が、このエッセイにはいくつもひそんでいる。こういう風にして文学に触れさせてくれる夏葉社さんに感謝。そうして『上林暁随筆集』を積読から抜き取るのでした。

0コメント

  • 1000 / 1000